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2018年7月19日(木) 09:16 JST

建築フォーラム(farchi) イベント

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4 2018

[展示会] 東京 クリエイションの未来展 第15回 伊東豊雄展 「聖地・大三島を護る=創る」

日時: 2018年4月12日(木) 10:00 JST - 2018年6月17日(日) 17:00 JST
種類:
場所: LIXILギャラリー
京橋 3-6-18 東京建物京橋ビル LIXIL:GINZA 2F
中央区, 東京都
詳細: 建築家 伊東豊雄氏が取り組む、日本の伝統文化を蘇らせるこれからのライフスタイル
「クリエイションの未来展」第 15 回となる今回は、建築家の伊東豊雄氏による「聖地・大三島を護る=創る」を開催します。本展は 2011 年の「今治市伊東豊雄建築ミュージアム」の開館以来、瀬戸内海に位置する大三島を舞台に伊東氏が取り組んでいる、これからのライフスタイルの提案です。農業を次世代へつなげるための支援、宿泊施設・大三島憩の家の活用、参道の活性化につなげる島の交通の充実などに加えて、オーベルジュの設計などこれまでの活動は、ようやく具体的な成果をあげつつあります。本展の会場では実際に大三島で暮らす 7 人のドキュメンタリーを映像や写真、模型にて展示します。伊東氏が取り組んでいる日本伝統文化の記憶を蘇らせる暮らしの試みです。


作家からのコメント
聖地・大三島を護る=創る
大三島は多島海、瀬戸内にあっても特別な島です。何故なら大山祇神社の存在によって、 古くは「御島」と記されたように、神の島とされていたからです。
大山祇神社は推古天皇の時代、594年に創建したと伝えられ、日本総鎮守として全国に1 万以上の支社を持つと言われています。
神社は背後に鷲ケ頭山を抱き、宮浦港から参道を介して海に結ばれていました。大山祇 神を祀る代表的な神社として「山の神」であると同時に、海に開かれ村上海賊も戦の前に 詣でたので「海の神」「戦いの神」としても崇められていたようです。島にアクセスするに は船によるしかありませんでした。
このため島は全く開発も行われず、農耕のみが営まれ、美しい伝統的な風景が継承されて きたのです。島として自立し、独自の秩序が護られてきました。
しかし2006年に尾道―今治を結ぶ「しまなみ海道」の開通によって、大三島にもハイウェ イで到達できるようになりました。その結果、大山祗神社に参拝する人のほとんどはマイ カーやバスで訪れるようになり、船で港から参道を通って参拝する人は皆無となってしま いました。便利になったとは言えるでしょうが、伝統的な神社詣の意味は失われてしまっ たのです。
大三島が護ってきた島独特の秩序は「しまなみ海道」という近代的な交通手段によって 崩壊しつつあります。即ち島の周囲にはりめぐらされていた「結界」が破壊され、「聖地」としての大三島の特異性が失われかかっているのです。
「聖地」とは中沢新一氏によれば、次のような場所だと述べています。(アースダイバー 東京の聖地 -講談社)

① 「結界」によって周囲から自立したシステムを持つ特別な地域であること
② 「自然」に結ばれる回路を備えていること
③ 単なる観光地でなく、人々がそこで生き生きとした活動をしていること

中沢氏は東京の聖地として「築地市場」や「明治神宮 内苑/外苑」を挙げていますが、上記3条件に照らせば、大三島もまた「聖地」だと言えるでしょう。「築地市場」や「明治神 宮外苑」がグローバル経済によって「聖地」崩壊の危機にさらされているように、大三島 も「しまなみ海道」の開通によって同様な危機に瀕しているのです。   私達は島の現況を受け入れた上で、なお島が「聖地」としての美しさを保ち続けて欲し い。そのような願いはどのようにして叶えられるのでしょうか。
大三島には大山祇神社の参拝客ばかりでなく、年間20万人ものサイクリストが「しまな み海道」を通過していると言われています。経済的豊かさのみを求めて、大資本によって 島を開発すれば、島は単なる「観光地」になってしまうでしょう。島独自の秩序は失われ て、グローバル経済に覆われた島になってしまうようなことは、決して島の人々の本意で はないと思われます。長く住んできた島の住民は私達に対し、「このまま何もせんでええん じゃ。わしらは幸せだから。」と言います。しかしこのまま放置すると若者は島を出ていっ たまま戻ってこない。高齢化はますます進行して、やがて限界集落となってしまうに違い ありません。こうした悩みは大三島だけでなく、日本の過疎地域全体に関わる深刻な問題です。
私達はこの数年間、空き家を修復して「みんなの家」とし、近隣住民の人々が集まるこ との出来る施設にしたり、柑橘の栽培放棄地を借りて葡萄畑に変えて住民の協力を得なが らワインづくりを始めるなど、小さな活動を続けてきました。
そして大山祇神社の参拝者や「しまなみ海道」のサイクリスト達が島を訪れてくれるのは有難い限りですが、単なる観光客としてではなく、彼らの明日のライフスタイルを探す ために島を訪れて欲しいのです。そのためには大三島が、「伝統を護りつつ未来へ向かって 創造的である」ような島にならなくてはなりません。即ち「護ること」が「創ること」と 同義語であるような島になることです。
幸い島には「明日の大三島」を夢見て汗を流している若い人々がいます。今回の展示ではこうした人々の活動の一端を紹介しました。私達はこれらの人々と協力して大三島を「新しい聖地」とするべく、「護る=創る」活動を続けていきたいと考えています。

2018年2月18日 伊東豊雄